-目に見えないものの存在を大切にする-

今回は、「運」ということについて考えてみたいと思います。
「運がないなあ」と思っている方も、「運がついてきたなあ」と思う方も
少しの時間お付き合いください。

「運を味方につける」
私はこの考え方に賛成です。
いろいろな世界で活躍している人たちの多くに共通していることは、
皆それぞれ、「運を味方につける」ということを大切にしています。
スポーツ選手の多くも、弦を担ぐとか、運というものを殊のほか大切にしています。
また、
皆、口には出しませんが、「神様」の存在を信じています。
縁起の悪いことなどを、極力避けようとしています。
これらを一言でいうと、
「目に見えないものの存在を大切にしている」ということになります。

以前、島田伸介さんが、こういうことを言っていました。

「僕は昔と比べて神様みたいなものの存在を気にするようになったら、
 何となく仕事が増えたり、運気が上向いてきたように思うんですよ。
 例えば、何か壁にぶつかったり、スランプみたいなもんを感じた時に、
 神さんみたいなものに話しかけるんですよ。『なんやわからんけど、
 こういうことはよくありますよね。ちょっと俺も疲れてます。けど、
 きっと時間が解決してくれますよね。どうなんですかね』という風に、
 一人でいる時にはなしかけるんですよ。
 そんなことをするようになってから、何となく運気が上向いてきたように
 感じるんですよ。」

私はこの話を聞いて、非常に面白いなあと思いました。
かれこれ十年以上前のことですが、
それから実は私もこれに習って、目に見えないものの「何か」の存在を
大切にするようになったんです。

運気ですか?ええ、着実に良くなってます。

一口に運気といってもいろいろありますが、
私の場合、人間関係の運気がとてもよくなりましたし、
自分自身の心が年を重ねる毎に落ち着いてきています。
自分で言うのもなんですが、けっこう目に見えない地味な努力というか、心がけを
いくつもしてきたと思います。

-感謝の心と運と人-

先ず、自分の力だけで何でもやろうとしなくなりました。
というのも、いくら努力してもその結果が自分の望んだようにいくことばかりでは
ないからです。
「人事を尽くして天命を待つ」
私の好きな言葉ですが、
自分でできるだけのこと、やれるだけのことをやったら、
あとは(結果は)神様にお任せしますという姿勢です。
これは逆にいうと、
何でも自分の思い通りにしようとしないということです。

世の中は、自分の思い通りにいかないことばかりです。
それが当たり前であり、自然なことなのですが、
私たちは心に余裕のない時、このことを忘れて、つい結果を自分の思い通りにしようと
躍起になってしまいます。
人間、辛い時ほど「結果」が欲しくなりますからね。
でも、結果というのは自分でコントロールできない。
ここは、恐ろしいくらい全ての人間に平等です。
結果そのものは人によって違います。結果だけを見ると、とても「不平等」ですね。
しかし、
「結果は人それぞれで、とても不平等である」ということに関しては、
皆等しく平等ではないでしょうか。
ならば、
自分でできるだけの努力をすることに、意識を集中することです。
そこは、自分でコントロールができますし、自分自身の問題です。
人は、自分で出来得る限りの努力をすると、
その結果が思うように行かなくても、それほど嫌な気持ちはしないものですし、
そういう風に努力できれば、その時の結果は失敗であったとしても、
必ず次へとつながります。

次に、
運気の良い人、良い運気を呼び込む人というのは、
感謝の気持ちを常に持っていると思います。
自分の中の足りないものを嘆くのではなく、
今、自分の周りにある恵まれた事柄に目を向けて、その一つ一つに感謝の心を持つ。
どんな小さなことにも感謝の心を忘れません。
普段、当たり前のように思っていることでも、他の人にとっては当たり前ではありません。
健康な身体、家族がいること、仕事ができる、学校に行ける、毎日ご飯が食べられる、
そして、今日も一日が過ごせる、生きているということ。
こんな有難いことはないでしょう。

また、
そういう習慣が身に付いてくると、ちょっとしたトラブルが身の回りに起きても、
そのトラブルから何かを学んだり得たりできるようになり、
場合によってはそのトラブルに遭遇したことに感謝の気持ちすら持つようになります。
感謝の気持ちというのは、持てば持つほど心を豊かにしてくれます。
感謝の気持ちを持つ人の所には、人が集まるようになります。
つまり、
「運気が良くなる」とか「運が付く」というのは、人が寄ってくるということを意味します。
感謝の気持ちを持つようになると、心に太陽がともります。
その太陽に、人は引き寄せられるのです。

だから、運というのは「お金」ではありません。
強いていえば、人にお金がくっ付いてくることはあります。
しかし、お金だけで運気を引き寄せようとすると、失敗します。
もちろん、
そういうお金だけの成功をする人も世の中には多くいますが、
そういう人は短い期間成功することはあっても、永い眼で見れば、
その成功も続かなかったり、地位も名誉も手に入れても、
心がどこか満たされなかったり、言い知れぬ寂しさをずっとぬぐい切れずにいるものです。

-左手を挙げた黒い招き猫-

私の家には、左手を挙げた黒い招き猫が置いてあります。
そうです、
普通、招き猫というのは、白で、しかも右手を挙げています。
しかし、
我が家の招き猫は逆。
右手を挙げる招き猫は「お金を招く」そうなのですが、
左手を挙げる招き猫は、「人」を招くのだそうです。
そして、黒い招き猫は、「健康」を呼ぶのだそうです。
この招き猫は家内が買ったものですが、これを買う時にお店の人が、
「この不景気には大抵、白の右手を挙げている招き猫を買っていく。
 特にあんたのような若い人がこれ(黒の左手を挙げた招き猫)を買っていくのは
 本当に珍しい」
と言われたそうです。
そして、この招き猫、ここ数年とっても御利益がありました。

最後に、
何でも疑ってかかる癖のある人は、「信じる」という勇気をもって欲しいと思います。
そう、信じるって勇気が要りますよ。
どれだけ多くの事柄や人を信じることができるかによって、
その人の運気が変わってきます。

人を信じるというのは、信仰みたいなところがあるんです。
誤解しないで頂きたいのですが、
その人が信じるに値する人だから、信じるというのは、本当に信じていることではありません。
本当の信頼とか信じるというのは、
たとえ、その人に期待を裏切られても、それでもその人のことを信じるという行為のことです。
親が子供のことを思うとき、まさにこの信じるという好意が「愛」なのです。
ですから、
子育ては、本当の意味で子供を信じる、信頼する、つまり、
「我が子のことを信仰する」ことなのかも知れません。

こうして考えてみると、運というものは、その人の心構えが生み出すもの、
あるいは呼び寄せるものだと言うことができると思います。
心構えや意識を変えるだけで、人生というものは、時に大きく変ることがあります。
そう、そのことを信じてみること。
先ずはそこがスタートになると思いませんか。


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「運」ということから人生を考える