信頼と不信の狭間で
-人間関係に悩む理由-

私たちの悩みの大半は、人間関係の悩みといってもいいでしょう。人とうまく関わ
れない、人の目が気なる(怖い)、すぐに腹が立ってしまう、とにかくそのトラブルの
様相は様々な形を呈していて、千差万別です。
考えれば考えるほど、人の心というものは不思議でもあり、難しいものですね。
しかし、人間関係に悩む人、または悩んでいる時というのは、共通の要因があるよ
うにも思います。特に、人間関係への悩みや葛藤が大きい人には、共通の背景が
あるように思います。

それは、「信頼感」の問題だと思うんです。
つまり自分の中に信頼感がどれだけあるかということです。
自分自身に対する信頼感がどれだけあるか。そして同様に人に対する信頼感が
どれだけあるか。そういうところがとても重要だと思うんです。
人と関わっていると、いろんな場面に遭遇するものです。いろんな人がいますし、
同じ人でもその時、その状況によっては、まるで違った心理状態になったりもしま
す。そのようにいろんな場面が出てくるわけですが、それぞれの場面で相手をど
れだけ信じられるかというのが、一つの分かれ目になるのではないでしょうか。

言い方を変えれば、信頼感があればあるほど、人間関係で悩むことは少なくなっ
ていくともいえるのです。もちろん信頼感があるからといって、トラブルがなくなる
というわけではありませんが、信頼感が無いよりもあったほうが、より人間関係で
悩むことも少なくなると思います。
そこで、自分の中に信頼感が持てる人と、そうでない人について、もう少し考えて
みることにしましょう。

-自己不信、自己卑下、自己否定-

人間関係で悩む人、悩みやすい人、大きな悩みを抱えている人というのは、自分
自身に対する信頼感が著しく低いと考えられます。
そのルーツを手繰っていけば、幼い頃の親子関係にたどり着きます。
親からあるがままの自分というものを肯定してもらえなかった。自分のいろんな感
情を受け止めてもらえなかった。自分のやりたいことを思い切りやらせてもらえな
かった。自分の気持ちに共感してくれなかった。そして、親が自分のことを信頼して
くれなかった。そのために、親から「否定」や「不信」のサインしか送られず、自分の
心の中で信頼感、つまり自己信頼感を育てられなかったのです。

自分に対する信頼がなければ、人のことも信頼できません。つまり、自己不信が他
者不信を生み出すのです。また、そういう自分自身が嫌になり、自己卑下、自己否
定も同時に発生してしまいます。
そうなると、人と触れ合うことができなくなります。
自己信頼感のある人と自己否定感のある人の心の世界というものは、まるで別世
界です。信頼感のある人の常識は、自己不信の人の非常識であり、葛藤のある人
の常識は、心満たされている人の非常識なのです。

従って、心に葛藤や不安や不満、不信感があると、愛情に溢れた人を見るとそっけ
ない人に見えたり、また葛藤のある人を見ると安心したりしてしまうのです。
そういうことは、よくあることなんですね。
葛藤や不信感に邪魔されて、本物の愛情、自分が救われるべき道が見えなくなっ
てしまうんです。それどころか、逆に「蛇の道」が救いの道に見えてしまって、いくら
努力しても報われないとか、人を信じたのに裏切られたという結果になってしまう。
このために、なかなか悪循環を断ち切れずに苦しむことが非常に多いのです。

-傷つくことに実は答えがある-

そして不信感を信頼感に変えるという作業。この作業の邪魔をする最大の敵は、
「傷つきたくない」という防衛心です。
人は誰でも傷つきたくありません。
しかし、子供の頃に負った傷ほど、大きな傷というのはないんです。
何故なら、子供というのは、元々心を開いて生まれてくるからです。たくさんの愛情
をもらおうと、心開いて待っています。つまり無防備なわけです。その無防備な状態
の時に傷つけられれば、人生で一番大きな、そして深い傷を負うことになるのです。

そんな経験をすればその後の人生では心を閉じて、もう傷つかないようにするのも
最もだと思います。ところがここが厄介なところで、心を閉じてしまうと、人からの不
信や拒絶、否定のサインには敏感になりますが、信頼や受容、肯定のサインは受け
付けなかったり、気がつかなくなってしまうのです。
つまり、自分を救ってくれるサインはわからなくなりますが、自分を傷つけるサインば
かり心の中に入ってきてしまうことになり、自分の人生がますます悪循環になってい
ってしまうんです。
ですから、不登校や引きこもり、鬱の状態から抜け出すことが難しいのは、こういっ
た背景も一つにはあるからだと思います。

となると、やはり心を開くということがどうしても求められるわけですが、心を開いた
状態というのは、無防備な状態なわけです。ですから、やはり傷つきやすくなるのは
否めないわけです。
しかしながら、ここでちょっと考えて頂きたいのです。
皆さんは、傷つくということを良くないこと、害になることだと思っているかも知れませ
ん。しかし、私は思います。人は、傷つく時にこそ、真の心の成長ができるのではな
いのかと。
心が傷ついた時にこそ、真の自分自身と対話できる時なのではないでしょうか。

そして、人は心開いた時、傷つきやすくなりますが、同時に心を閉じていた時とは
ケタ違いの悦び、感動、信頼、そして愛情が入って来るのです。
そして、そこで得た大きな悦びや愛が、その傷をも飲み込んでしまうのではないで
しょうか。だからこそ、心を開く価値というものも出てくると思うんです。

欲しい愛情が100だとして、100の愛情を持った人を探そうと思うと、なかなか見つ
からない場合もあります。しかし、10の愛情を持った人ならどうでしょうか。
10の愛情をもった人が、仮に10人居たら、あなたの欲しかった愛情がもらえてしま
うんです。
つまり、相手によって触れ合える量というのは違ってくると思うんです。
一度しっかりと傷ついてしまうと、案外いろんな事が見えてきたり、人に対する信頼
感というものが、心の中に生まれてくることもあるんです。

傷つくことにも、大きな価値がある。
私はそう思っています。


【執筆者プロフィール】
鈴木雅幸:ハッピーライフ実践会 代表/ 心理カウンセラー
 
若い頃から様々な自己啓発書、心理学、カウンセリング書、ビジネス書、メンタルな書物を
読み続け、2001年11月、しあわせ研究室「こころの森」を立ち上げ、数多くのレポートを
アップし、同時にメール相談も開始し、サイト訪問者から高い評価を得る。
その後、さらに本格的にカウンセリング活動を続け、2004年7月には、ハッピーライフ実践会
を立ち上げ、代表となる。
実践会の会員は、2005年3月現在、680名を超え、他に例のないインターネット通信講座
やe-bookセミナーを企画・販売している。
現在もカウンセリング通信教育を中心に、精力的な活動を行っている。
1967年生まれ、二児の父親でもある。

http://homepage2.nifty.com/masapapa/

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