〜プチ家出を考える〜
-安らぎの居場所を求めるプチ家出-

最近中・高生の間で、友達の家に外泊を続けて、何日も自分の家に戻ら
ない「プチ家出」という現象があるようです。
彼らは一応自分の携帯電話で居場所を親に連絡しているので、通常の
家出とは違うのですが、何日も外泊を続けて家に帰りたがらないという
意味では、ちょっとした家出の心理です。

これはどうやら携帯電話の中・高生への普及と共に、増えてきている現
象のようです。たしかに携帯で親と子が常時連絡を取り易く、居場所も
一応親が把握しているという理由から、成り立つものといえるでしょう。
そこで、今回はプチ家出の是非や防止方法などの議論ではなく、こういう
現象が一気に広まった背景や心理をここでは考察していきます。

何故彼らがこのような行動に出るのでしょうか。
私は彼らが「還る家」を持っていないのではないかと思うのです。
「還る家」というのは、この場合安らげる家、くつろげる家、自分の心の居
場所、落ち着き場所とでもいいましょうか。要するに自分の居場所、帰り
たいと思える場所のことです。つまり精神的にリラックスできて、英気を
養へ、生きる活力を養える場所のことです。
今の若い人たちには、こうした還る家が無い。
そして自分の本来の家の居心地が悪いのではないでしょうか。

-外面(そとづら)と内面(うちづら)の逆転-

以前こんな内容の調査を読んだことがあります。
保育園の保育士さんや、学童の先生方へのアンケート調査のデータの一
つに、お母さんと一緒に園に来る時は大人しい良い子だったのに、お母さ
んが居なくなったらとたんに我がままになったり、粗暴な態度になってしま
う。或いは、お母さんが迎えに来ると、それまで活発に遊んでいたり、やん
ちゃだった子が、大人しくなってしまうという解答がありました。
つまり、お母さんがいない時には、保育士や先生に甘えたり地を出すわけ
です。そしてそんな親子が増えてきているのだそうです。

昔は逆でした。外ではおりこう、家では甘える子供たちが一般的だったそ
うです。こうした心理を外面(そとづら)・内面(うちづら)という言葉で表した
ものですが、今はこの外面と内面の中身が逆転してしまっているのです。
母親といる時には緊張状態、もしくはよそゆきの顔を覗かせ、保育士や先
生たちの前では逆に本当の自分を出しているともいえるわけです。
保育室に勤めている私の家内(保育士)も、お母さんの前では大人しい子
が、家内の膝に乗ってきてまとわりつくように甘えてきたり、乱暴なことを
してきたりするということを、よく話しています。

これはどういうことかというと、親の前で安心して自分の本音を出せないと
いうことです。
子供は本来親に対して甘えたり、反抗したりを繰り返しながら、成長してい
くものですが、今の子供達は、安心して親に甘えることもできないし、安心
して反抗することもできないのではないでしょうか。
そして、そうした子供達は、保育士さんや先生たちに「母親代わり」を求め
ているのかも知れません。

-触れあいを経験できない子供たち-

ある時、ちょっとしたきっかけがあり、原宿の町に出かけた時のことでした。
竹下通りへ向かう途中の神宮橋の所を通ると、そこに様々なメイクとコスチ
ュームをした十代の子たちが何十人も集まっていました。
「何か催し物でもやるのかな」と私は思ったのですが、彼らはただ、そこに
集まってお互いに親密な様子で話し込んでいるだけでした。
一見奇異な印象をもったのですが、どうやら彼らは、自分の思いや本音な
どを話す話し相手を求めて集まっているようでした。

道路にしゃがみ込んで一生懸命話し合い、通りかかった親子連れと派手な
コスチュームのまま写真を撮ったりしている彼らの中を歩いていると、私は
不思議な安らぎの空気に包まれているのを感じました。
とても落ち着き、心地よい風の中にいるような気分になりました。
週末になると彼らはここへ集まっては、そんな空間と時間の中に身を置き、
自分で自分を癒したり、お互いを癒しあったりしているわけです。

私は彼らがおそらく人と人との触れあいの場を求めて、この場所に集まっ
ているのだと思いました。そして、彼らには幼い頃から団欒とか触れあいと
か癒しの経験というものが、家庭では満足するほど経験できていないので
はないかという思いが沸々とわいてきたのです。
本来そうした場であったはずの家庭に、子供たちはソッポを向かれてしまっ
ている。
ゆっくり自分の話を聞いてもらったり、じっくり自分の気持ち・思いを受け止
めてもらったり、気兼ねなくくつろいだり、満足するまでスキンシップを楽しん
だり、そんな経験を、今の子供たちは経験できていないのではないでしょう
か。
プチ家出や原宿の集いも、そんな若者達の迷走の序章に過ぎないとした
ら、私たち大人は、そのことをまずしっかりと受け止めていかなくてはならな
いと思うのです。


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