人間関係



   
人間関係
<人間関係についてのレポート>            
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-女性の方が共感受容能力が高い-

私は比較的ご近所の主婦や子供の父兄との交流が多いんです。

また、妻が近所や学校や幼稚園であったことを毎日話してくれるので、
お母さん同士や女性同士、学校の先生や、
息子の野球チームの親同士の話もよく知っいます。

そこで感じるのは、先ず女性同士の人間関係についてです。

公園デビューなどにみられるように、
大変な緊張感を伴うことが多いように思います。

そして男性と違って、女性同士というのは、
会う頻度や会話の頻度も多く、
「話す」ということが中心になるお付き合いではないでしょうか。

男性同士になると、比較的何かを一緒にやるとか
遊ぶという付き合いが中心になり、
そこに「会話」や「飲み」が入ってきます。

でも、女性はあくまでも「語り合い」が中心で、
お茶を飲んだり電話をしたりしていると思うんです。

ですから、男性に比べると、女性同士の付き合いというのは、
より人間の内面がクローズアップしてしまうところがあります。

そのために、上手くいくと生涯の親友ができますが、
そうでないと気疲れのする関係だったりするんでしょう。

女性は本来受容能力が男性よりも何十倍も高いんです。
そのぶん裏を返せば悩みやすいともいえます。

何故ならば、受容能力が高いと、人の善意だけでなく、
悪意や不信、拒絶のサインも敏感に拾ってしまう場合があるからです。

インターネットの世界でも、心系のサイトには、
圧倒的に女性の投稿が目立つのも、
またカウンセリングに訪れるクライアントが、
これもやはり女性が多いというのも、こうした背景からだと思います。


-個性とはそれが当たり前のことだった-

そして、日本人は皆と「一緒・同じ・横一線」になれという
教育を受けてきました。

そういう教育は、国や経済を強くできるからです。
しかし、個人の心の充足は得られません。

つまり、日本は個人の心の満足度を犠牲にして、
国や組織の利益を優先してきたわけです。

そのために、いつの間にか個人同士の付き合いにも
そうした価値観が浸透してしまい、
皆と同じでないものは外れるという仲間意識が無言のうちに
「規範」となってしまいました。

「皆と同じでなければ」という重圧(ピア・プレッシャー)に、
もう誰もがクタクタなんです。

私は、人間社会というのは本来
「皆ができるのに、自分にはできないことがある。
でも、皆ができないけれど、自分にはできることがあるものだ。」
という風に、お互いの「違い」や「個性」を認め合うものだと思うんです。

皆が自分とは違うし、自分も皆とは違う。
それが当たり前だし、だからこそ人が人と関わり合うことに意味があった。

もうそろそろ、我々大人はそういうことを
考えなくてはいけないのではないかなと思うんです。

なのに、私たちは人と接する時に、あまりにも早く
相手を「こういう人間だ」と決め付けてはいないでしょうか。

もっと相手をよく理解しようとする前に、相手を評価したり、解釈したり、
落ち度や未熟な部分をつい探してしまっているような気がするんです。

答えを早くに求めすぎる。

あのお母さんはこんな人だ。
あの近所の人は付き合いにくい。

そんな風にしていると、結局周りに心許せる人は
一人も居なくなってしまうかも知れません。

何かギスギスした人間関係に、息が詰まってしまうだけで・・・

「正しいことは主張した。
けれども周りには誰も居なくなった。」ということに
ならないとも限りません。


-共感する、聴く、自分自身に答えを求める-

人の話を聴く。実はこれ、大変難しいことではないでしょうか。

この人はひょっとして人の話を真剣にじっくり聞いたことが、
今までの人生の中で一度も無いのではないかなと思う人もいます。

そしてそういう人は、自身がそれまでに自分の話を
じっくりと聴いてもらったことが、
やはり一度も無かったのだと思うんです。

そうやって、今の私たちの世代は、
共感能力を失いかけているのかも知れません。

人の悲しみを深く悲しみ、人の悦びを我が事のように悦ぶ。
これが共感するということ。

人は自分の話にじっくりと耳を傾けてもらったり、
自分の気持ちに共感してもらうという体験が乏しければ乏しいほど、
「自分勝手」になっていくのだと思うんです。

ですから自分勝手な人というのは、
本意で「自分勝手」なわけではないのかも知れません。

共感不足により、自分の気持ちがよくわからない。
自分勝手にならずにはいられない。
そういう人たちだと思うんです。


そして人間関係を考えるということは、
結局は自分自身を考えるということに繋がるものだと思います。

自分は何をしたいのか。どうありたいのか。
この質問に答えられる人の数は、案外少ないのではないかと思います。

これに答えられない、わからないということは、
これはかなり苦しいことです、悩みます。
非常に多くの人たちがこうした苦しみを抱えて生きているように思います。

しかし、それにもかかわらず、
この苦しみや悩みに共感してくれる人の数も、
きわめて少ないようにも思います。

ちょっと不思議ですね。

同じことに悩んでいる人の数が多いのに、
その悩みに共感してくれる人の数になると少ない。

これも共感不足の弊害なんでしょうか。

逆にいえば、この質問にしっかりと自信を持って答えられるということは、
現代の社会においてはとても幸せなことかも知れません。

人間関係ということを考える時、
どうやらこの辺をよ~く考えてみると、
ちょっとだけ灯りが射してくるかも知れませんね。


人間関係についてもっと学びたい方、続きはこちら








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