面談のカウンセリングでは、ロジャースやフロイト、ユング、エリスがそれぞれ、来談者中心
療法、精神分析、分析心理学、論理療法を創始しました。
ところが、メールカウンセリングはというと、まだまだ歴史も浅く、裏づけの取れるような研究
も、ほとんどなされていません。
いわば、カウンセラーがそれぞれ手探りでやっているというのが、正直なところだと思います。
そこで、私は、メールカウンセリングについて、今日は少しだけ、考察を加えてみたいと
思います。
メールカウンセリングは、いずれかの療法に敢えて分類するとすれば、論理療法、認知療法、
森田療法の色合いが強いのではないかと思います。
こういう分類は、はっきりいって無理がありますが、読んで下さっている方にイメージしてもら
いやすいかなと思って、このように分類してみました。
面談では、受容や共感的理解、傾聴といった基本的なことを中心に据え、カウンセリングを
進めていきます。
しかし、メールカウンセリングでは、この基本的な受容、共感的理解、傾聴が、実践しづらい
のです。なぜならば、これらの基本的な要素は、あくまでもカウンセラーの態度からクライア
ントが感じ取るものだからです。
メールでは、書かれた言葉(文章)によるやり取りによってのみ、お互いの意志や思いを伝え
合います。
ところが、コミュニケーションというものは、本来、人と人が実際に接触すること(会うこと)に
よって、初めて成り立つものだと思います。
ですので、面談カウンセリングでは、カウンセラーが自分の声の調子や表情、視線、姿勢、
あるいはその場の雰囲気作りなど、そうした言葉や字面だけでは到底伝えきれない様々な
シグナルや手段によって、クライアントを受容し、安心させようとします。
しかしながら、メールカウンセリングでは、残念ながら、そうした対応ができません。
ですから、あくまでも言葉や文章によってできることを、やっていくわけです。
そうなると、大変大雑把な分け方ではありますが、敢えて分けるとするならば、論理療法、
認知療法、森田療法に近いのではないかと思います。
近いというか、それらのほんの一部が、メールカウンセリングではできるかも知れないと
いうことです。
ただ、文章というものは、一般に考えられているよりも、はるかに多くのシグナルやメッセ
ージを伝えることも事実です。文章というのは、正直、書き手の人柄、その時の心理状態、
感情が、意外と伝わってきやすいものなんです。
特に、私のように、メールカウンセリング以外でも、仕事で数多くの人のメールにふれている
ような人間だと、その文章を読んだだけでも、書き手のことがかなり見えるようになってき
ます。
文章やメッセージから、その書き手の様々なものが、パッと見極められるようになってきます。
ちょっと自分でも怖いくらいです。
ですから逆に、自分の文章に満足できなくて、文章が書けなくなってしまうこともあります。
そういう時って、辛いです。(^^;
話を元に戻しますが、メールカウンセリングは文章によるカウンセリングです。
ですから、面談よりもメールカウンセリングの方がやりやすい人というのも、いるのだと思い
ます。
ですが、カウンセリングというのは、あくまでも面談が本流です。
メールカウンセリングは、面談の補助的なものであるという専門家もいますし、私もうな
ずける部分はあります。
そういう意味では、面談カウンセリングとメールカウンセリングを上手に併用するという
のが、これからのカウンセリングの新しい活用方法かも知れません。
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