子供のスポーツ
-真のチームプレーについて-

野球やサッカーをはじめとして、子供たちのスポーツへの取り組みは、
相変わらず盛んです。私の息子も野球のチームに所属して週末になる
と練習やらなんやらと忙しいものです。
団体競技というのは、本来独りよがりのプレーではチームとしての良さ
が引き出されません。コーチや監督もその事をかなり意識して子供たち
に接しているようです。
しかし、チームプレーということでみると、私は今の子供たちのスポーツ
チームのあり方に、大きな疑問を抱いています。

練習や試合を見ていると、監督やコーチが子供たちにいろいろな指摘
やアドバイスや支持を、大きな声で伝えていますが、そうした大人と子
供たちの関係、子供たちの反応を見ていると、まるでプロの試合のよう
な緊張感を覚えてしまいます。
「ほら、何でそんな動き方をするんだ!」「何やってるんだ!」
それはそれはかなり厳しいものです。小学生のスポーツにしては、一
つ一つの要求が高過ぎるのではないかと思えます。
また、子供たちもコーチや監督の檄に、かなり萎縮している場合も少
なくありません。

私はそれらを見て、思いました。
彼らが子供たちに要求しているものは何なのか。一体何を求めている
のだろうかと。
彼ら大人が子供たちに要求しているのは、技術のチームプレーであっ
て、決して「心の連携」ではないのではないか。
勝ち負けにこだわるよりも、もっと大切なものを大人は伝え損ねてはい
ないだろうかと、そう思うのです。

-敵と戦うよりも大切なこと-

練習一つ見ていても、監督やコーチの接し方は極めて厳しく、悔し涙を
流す子に対しては、一言「泣くな!」と怒鳴るだけであったり、そこには
強くなるためにはただただスパルタに近い厳しさが必要だといわんば
かりの空気に支配されています。
子供の中に、困難に立ち向かっていく強さや、問題を解決する知恵や
工夫を生むような発想を育てるためには、まず「暖かい心の触れ合い」
が必要だと、私は思います。

失敗した時には、技術と同時に失敗を次へ生かすための心のサポート
や、あせらずにおおらかに取り組んでいける心の余裕。
そうしたことを大人が暖かくコミュニケートすることで、子供は本当の強
さを身につけます。
厳しくしか子供に接することのできない大人は、自分の中にある弱さと
向き合えない弱さを持っています。
弱さをしっかりと受容されることで、子供は伸びていくのだと思います。

つまり、勝負事において本当に大切なことは、敵と戦い、敵に勝利する
ことではありません。
本当の勝負というのは、己自身との勝負であるはずです。
己の弱さと向き合い、自分にはこんな弱いところがあると認め、その弱
さと対話をしながら長所に変えていく。そんなプロセスこそ、本当の勝
負であるはずです。
そのためには、大人自身が自分の中の葛藤や矛盾や心の傷を解決し
ている状態でなければ、子供にそうした本当の勝負、そのためのチー
ムプレーを伝えることはできません。

-スポーツから得る、生きる悦び-

スポーツをするということは、本来多くの悦びを得られるはずなのです。
しかし残念ながら、今の日本の子供たちのスポーツ事情からは、こうし
た体験が得難いと言わざるを得ません。
勝つ事と技術の向上が最優先され、楽しむとかチームメイト同士の触れ
合い、監督やコーチといった大人から知恵や生き方を学ぶといった体験
学習の場には、なり得ていません。

勝ち負けを超えた様々な事柄を学ぶ。
負けたのは何故か。どんな気持ちの持ち方をすれば良いのか。
チームメイトをどんな時でも信頼できたか。気弱になった時の気持ちの
立て直し方、仲間の励まし方。勝たれた相手から学べるか。その勝利
を称えられるか。自分が納得いくまで努力できたか。一番辛い時に自
分自身を信じきれたか。そしてそれらを通して好きなことに打ち込む
悦びの大きさを体感できているか。

私は子供たちに学校の教育では得られない貴重な事柄を、こうしたス
ポーツという場から、是非学び取ってもらいたいのです。
イチローやタイガー・ウッズ。彼らの両親は、スパルタでもなければ相手
に勝つということへの執着もありませんでした。
しかし、己との戦いや、悦びの追求に関しては、妥協を許しませんでし
た。目に見えないが、大切なことです。
どんな戦績・実績をあげてきたかよりも、どんな経験・プロセスを通って
きたのか。このことを重視すべきではないかと、私は思います。


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